霊長類まずリズムを合わせることができる それが信頼の一歩
霊長類学・人類学者 山極壽一

霊長類学・人類学者
総合地球環境学研究所所長 京都大学前総長

山極 壽一

山極壽一 | Jyuichi YAMAGIWA
1952 年東京都生まれ。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。理学博士。ルワンダ共和国カリソケ研究センター客員研究員、日本モンキーセンター研究員、京都大学霊長類研究所助手、京都大学大学院理学研究科助教授、同教授、同研究科長・理学部長を経て、2020 年まで第 26 代京都大学総長。人類進化論専攻。屋久島で野生ニホンザル、アフリカ各地で野生ゴリラの社会生態学的研究に従事。 日本霊長類学会会長、国際霊長類学会会長、日本学術会議会長、総合科学技術・イノベーション会議議員を歴任。
現在、総合地球環境学研究所 所長、環境省中央環境審議会委員を務める。著書に『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(2020 年、家の光協会)、『スマホを捨てたい子どもたち―野生に学ぶ「未知の時代」の生き方』(2020 年、ポプラ新書)、『京大というジャングルでゴリラ学者が考えたこと』(2021 年、朝日新書)など多数。

本記事は、2022年05月19日(木)にBONCHI 4F TEN にて行われたトークイベント、”Work Magic NARA vol.4″をテキスト化し、一部抜粋したものです。約90分のトークの全貌は、ZINE【Work Magic NARA books vol.4】にてご覧いただけます。 

1
“ サルにも社会、虫にも社会。 ”

○田中 なるほど。そうですね。今山極さん、狩猟や食事、人を頼るとかの話をされましたけど。そこに直接繋がるのかわかりませんが、この前ぼく、新聞を読んでいた時に、福沢諭吉の話が書いてあったんですよ。そこにね、福沢諭吉は“Society”を「人間交際」という言葉に訳したのだというようなことが書いてあって…。人間が交際するのが“Society”だと。

●山極 こうさいする?あ、交際ね。

○田中 そうです、まじわる、きわ、の「交際」です。
それでね、その“Society”=「人間交際」の意図はって言うと、人間は1人では何も出来ないから、自分の生活だけに満足せず、自分の知性と異なる知性を交換し交際することで世の中を進歩させていくこと、云云、みたいなことを福沢は書いているらしいんです。さっき山極さんの話を聞いていて、それをふと思い出して…。

●山極 それ面白いね。実はね、私の先生のそのまた先生で、今西錦司という先生がいるんですね。この人はそれまで人間だけのものと言われていた「社会」という概念を全ての生命に当てはめたんですよ。アメーバだって社会を持っているんだっていう。極端に言えばそういう話です。

○田中 今西先生って先生、カゲロウの観察から始まったっていう話が…。

●山極 そうそう。ヒラタカゲロウの幼虫が、京都の賀茂川にね、4種類、棲み分けているの。その棲み分けている現象を発見したのが、「棲み分け理論」の最初なんですけどね。

○田中 社会性を見いだした入り口だったんですね。

●山極 そうそう。その後、「社会」という話を始めて。それまで西洋社会では、社会というのは言葉によって作られると言われていたわけです。言葉によって世界を分けて、その世界の秩序というものを言葉によってきちんと構成して、言葉によってコミュニケーションを取るからこそ、社会というものが構造化され、成り立ってきたんだと。だから、「言葉を持たない動物には社会というものは当てはめることはできない」というのが常識だったわけです。

ところが今西さんは「ちゃう」と。「社会的知性というものは、全ての動物にあるんだ」と。「脳を使うことが知性じゃない」って言うわけですよ。
しかも目に見える集まりだけが社会ではない。コミュニケーションを取れるという、その関係を築いていることが社会をつくる一番の要素だと。だったらアメーバ同士だって関係持っているわけじゃないですか。要するに「関係のあり方そのものが、社会なんだ」って言ったわけですね。
多分、だから福沢諭吉が言ったのは文明開化のあった頃の、むしろ西洋的な社会概念をさらに日本にきちんと敷衍した意図があったと。

○田中 そうですよね。きっと。

●山極 今西さんがそれを言い出したのは1941年です。だから明治よりだいぶ経っているわけだよね。『生物の世界』っていう本を書いて、それを日本語で著したんだけど。その考えをサルで証明しようとしたわけです。世の中は「サルには社会はない」って言っていたわけだからね。でもサルにはちゃんと社会ありますよっていうので、1頭1頭のサルに名前をつけて、個体識別をして、日常的なサルの社会交渉を全て記録をして、そこに構造があるということを見抜いたわけだ。だから、サルはさっき言ったみたいにさ、自分と仲間のどれが強いかをはっきり見分けていて、仲間のどちらが強いかもはっきり見分けていて、それに対応した行動をとるわけですよ。それは彼らが社会関係をきちんと認知して、それに合うように行動している証拠じゃないですか。だから彼らの頭の中には「群れという社会」がきちんと収まっているわけですよね。これを「社会」と認めましょう。サルには言葉はないけども、「社会という構造」があるんだっていうふうに言って。

初めはね、欧米の学界から「とんでもない」と言われたんですよ。でも10年、20年すると、世界中の学者が、「そうね鳥にも社会がありますね。動物には社会ありますよ」っていうような話になって(笑)、社会は人間だけのものではないということが認められた。

○田中 ・・・・・

2
“ 「労働」とはリズムである。 ”

●山極 なるほど。僕ね、さっき田中さん何て言ったっけ?福沢諭吉の言っていた社会を…。

○田中 人間交際。

●山極 交際ね。それでさっき思ったんだけど、社交なんですよ。

○田中 社交?社交界の、の社交ですか?

●山極 そうです。

○田中 社会と交わる。

●山極 うん。社会というのは社交によって作られる。それは言葉ではないんですよ。実はね、2003年に山崎正和という劇作家が『社交する人間:ホモ・ソシアビリス』という本を書いた。
 一昨年、山崎さんは亡くなられたんですけど、僕はその本読んでね、「なるほど」と思った。つまり「社交とはリズムである」って書いてあるわけね。
 これでね、霊長類と人間が繋がったんです。
 つまり、ゴリラが群れで暮らしているのは、あれだけ体の大きなオスとメスと子どもたちが、生理状態も体の動き方も違うのに、リズムを合わせることができるからです。それが信頼の第一歩なんですよ。我々は頭で繋がりを理解しようとしています。今ね。
 言葉優先で、情報優先で。だけど本当はそうじゃないんじゃないかと。
 我々が信頼できる仲間って、例えば幼なじみであったり、スポーツを一緒にしたり、音楽を一緒に演奏したりして、何か身体の動きというものを共有したことがある経験が、大きく作用しているなと。だからそれはね、“社交”なんです。
 スポーツも音楽もみんな社交と考えればいい。
 社交っていうのはね、なんていうんだろうな…ある物語をホストが描いて、それを参加する人たちが共有して、一緒に物語を完結する行為なんですよ。これが社交です。
 であったらなら、別に人間じゃなくたってみんなやっていることでしょう?
 でも人間はそれを様々なものを介在させて作り上げたんですよ。
 さっき食事の話が出てきたけど。
 食事の場所を設えるために、料理をすると同時に食器を整え、テーブルクロス、椅子や机を整えて、何か絵をかけたりして。しかもエチケットやマナーを覚えて、そして臨むわけでしょ。それをみんな知っているからこそ、まるで自然の流れのようにその社交が進行していく。
 お茶だってそうですよ、スポーツだってそうですよ。みんなそうなんです。そういうものを体験することが、我々が生きる実感を覚えることなんじゃないかと思うんですよね。
 それはね、今のインターネット時代には味わえないんですよ。

社交というのは身体の共鳴によって作られる。
 だから「リズム」なんです。だからリズムが必要なんですよ。
 しかも、リズムとは文化である。

文化っていうのはそうやって作られた。

それをね、今日のテーマで言うならば、仕事が作ってきたと思いますね。

労働現場っていうのは、利益を出すためが目的だったんじゃないんだと思うんです。社交の現場だったんですよ。

○田中 うん、なるほど。

●山極 つまり、ある目的に向かって仕事を分担し、それぞれがそれぞれの信頼を仲間に置いて、お互いに違う仕事をしながらも、ある1つの物語を練り上げて生産物を作ること。

その利益をどれだけ上げることっていうのが目的じゃなかったはずなんですよね。狩猟採集生活も農耕牧畜もみんなそうですよ、元々はね。

それが産業革命によって工業社会になりね、時間というものを人間がコントロールするようになって、生産効率だとか、そういうものが問題になりね。資本主義が生まれて、利益というものがどうやって還元されるか。そして利益を上げても将来投資をし続けるという永続的な経済成長を目指すようになったってね。これはなんかどこかで間違ったんじゃないのか、と思いますね。

○田中 ・・・・・

3
“ 人間の世界でイノベーションが起きないわけ ”

●山極 ゴリラの社交と、人間の社交の大きな違いというのはね、人間は出会いを繰り返して、新しい気づきを積み上げていくんだってことですね。ゴリラはね、出会いを繰り返しても新しい気づきを積み上げません。ずっと一緒です。人間は変わってくんですよ。そこがね、人間の重要なところであって、そのためには、それぞれ違う個性を持った人間が、いろんな形で出会う必要があるわけね。

○田中 確かにそうですね。

●山極 ゴリラっていうのは、一定の時期は1つの集団にしか所属できないんですよ。その集団における役割も決まっていますよね。一旦集団を離れて2〜3日にしたらもう元の集団に戻れません。入れてもらえません。だから1回に所属できる集団は1つだけ。集団を渡り歩いていくんだけど、それを行ったり来たりできないんです。

○田中 もう二度と戻れないってことですか?

●山極 戻れない。

○田中 なるほど。じゃあ変な話ですけど、例えば僕らのように中学校時代に野球部を辞めた。でももう1回野球をやりたくなったけど、その野球の部活には入れないということですよね。

●山極 入れない。しかも我々はさ、複数の集団を日々渡り歩いているわけじゃないですか。学校に行き、同窓会に行き、クラブに行きみたいなね。別の種類の集団に入って、別々の自分を演じているわけですよ。

○田中 表の顔、裏の顔(笑)。

●山極 そう(笑)。そういうことができるからこそ、それぞれの集団の中で出会いがあり、気づきがあり、その気づきがまとまって、また新しいことが生まれるってことを繰り返しているからこそ進歩があるわけですよ。違う未来が描けるわけでね。それが人間の大きな力ですね。

○田中 そうかそうか。変わっていける。その社交というものを以ってして変わっていけるとするならば、いろんなものが資本主義も含めて飽和状態になっているなとは僕は普段思っているんですけど。今の話聞くと、そこの部分に関しては、ちょっと希望が持てそうな気もするんですよね。

●山極 うん。だからさ、今ね、デジタル社会でイノベーションが起きなくなっちゃっているっていうのはね、もう煮詰まっているんですよ。つまりみんな一律の金太郎飴みたいにね、同じような人間にさせられちゃっているからね。同じような服着て、同じようなレストラン行って、同じようなものを好んで、同じような音楽を聞いてってね。日本中どこを旅行しても、都市の景観は同じですよ。そういう創造性がなくなるような社会に今、なりつつあるんじゃないの?

○田中 そうですよね。どこのコンビニ行っても歩く通路は一緒ですもんね。あと大体どこ行ってもイオンもあるし(笑)。便利と引き換えになくしたものはきっと多いんでしょうね。

●山極 都市のビルっていうのは、みんな箱型じゃないですか。形も決まっているわけですよ。大きさも決まっています。部屋の大きさなんかはね。
 だからそれは効率性とかね、経験や利便性を考えて、その設計者が作ったものなんだけど。
 今、誰も自由に家を設計して作れなくなっちゃっているじゃないですか。モデルハウスがあって、どれかタイプを選んで、じゃあこれね、っていうので、建設会社が作るような時代でしょ。
 昔はそうじゃなかったんですよ。左官屋さんや大工さんや、屋根瓦職人や、畳屋さんがみんな集まって、施工主と協議しながらね。「ああだこうだ」墨引いて決めてたわけじゃないですか。その時には、独創的な家もあった。しかも隣近所の人たちの意見も聞きながらね、棟上式やったりなんかしていたわけで。一旦家ができた後も、また新しい部分ができていって。
 家っていうのは、作ったときが完成じゃなくて、それが最初なんですよ。今は作ったときが完成系ですから。それ以上付け足すことができない、個性のない家ばっかりできちゃっている。

○田中 なるほどね。今技術とかイノベーションが起きないっていう話になりましたけど。今、もう僕はでもその欲求、人間のイノベーションを起こしたい欲っていうのは果てしない気がしていて、その欲望は。この世界で起きないんだったら、仮想空間という世界と、ITとAIの力で作り出して、そこで起こそうか、という(笑)。

●山極 メタバースか(笑)。

○田中 ・・・・・

山極壽一さんにとっての “よい仕事 ” とはーーー

自分がチャレンジャーであるということを自覚できる仕事だね。
人は人の中で生きていくのが一番であるからね。
その中で何か新しいことを見つけ、人との出会いを楽しみ、
そしてその新しいことに対して自分がいつも挑戦しているという自覚を持つこと。
それが僕にとっての仕事だな。

聞き手 | 田中孝幸 | Takayuki Tanaka

フラワーアーティスト / クリエイティブディレクター

大学卒業後、出版社勤務を経て独学で花の世界へ。花卸市場勤務時にベルギーのアーティスト:ダニエル・オスト氏と出会い、世界遺産などの展示で協働後、独立。花・植物などの自然要素を表現ツールの中心に据え、文脈を重視したコンセプチャルな作品は多方面で好評を得る。作品制作、空間デザイン、クリエイティブディレクションなどを中心に、国内外企業とのコラボレーション、地方自治体プロジェクト、雑誌連載など多岐に活躍。代表作には、東京の様々な街を舞台に花を生け、独自の花世界を紡ぎ出した婦人画報での連載『東京百花』など。

https://www.takayukitanaka.com/

Work Magic NARAを完全アーカイブ化。 全編を掲載したZINE、完成。

1年の間、奈良の地に多様なゲストを招き、「”よい仕事”とは何か」「”よい仕事”をするために必要なものは何か」という問いを重ねた、Work Magic NARA。全6回のトークの全貌を記録した、6冊のZINEが完成しました。編集、デザインから、製本、発送までそのすべての工程をBONCHI内で行なっています。和本といにしえの神秘からインスピレーションを受け、奈良を感じるデザインに仕上げました。
1年を通してWork Magic Naraの聞き手としてゲストと向き合われた フラワーアーティスト・田中孝幸氏。巻末には、ZINE上梓に際し田中氏が書き下ろした文章と、各ゲストをイメージして生けた花の撮り下ろし写真が一冊ずつ綴じ込まれています。

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