対話効能って 漢方薬みたいもの
劇作家・演出家 平田オリザ

劇作家・演出家
芸術文化観光専門職大学学長

平田 オリザ

平田オリザ | Oriza HIRATA
1962年東京生まれ。1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞、2019年『日本文学盛衰史』で第22回鶴屋南北戯曲賞を受賞。2011年フランス文化通信省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。
演劇の手法を用いた多様性理解・コミュニケーション教育にも取り組み、各地の自治体・NPOとも連携してワークショップを実施している。2019年より豊岡市日高町に移住し、劇団の新拠点となる江原河畔劇場を設立。豊岡市芸術文化参与、豊岡演劇祭フェスティバル・ディレクターもつとめる。
著書に『わかりあえないことから』(講談社現代新書)、『ともに生きるための演劇』(NHK出版)ほか。

本記事は、2022年11月17日(金)にBONCHI 4F TEN にて行われたトークイベント、”Work Magic NARA vol.6″をテキスト化し、一部抜粋したものです。約90分のトークの全貌は、ZINE【Work Magic NARA books vol.6】にてご覧いただけます。 

1
“ オリザの原点、旅にあり。 ”

●平田 あと、すごく子供の頃から旅行が好きで、計画を立てるのがすごい好きで。旅行の楽しみって計画を立てる楽しみもあるじゃないですか。

○田中 ええ、そういう面がありますよね、旅には。

●平田 ずっと計画を立て行ったんですよ。高校生になったらアルバイトして…もうちょっと遠くに行けるとか。じゃあ大学生になったら…海外に行って、とか。そうやって全部計画を立てて行ったら、自転車旅行をその頃から始めてたので、これは最後は自転車で世界一周だなってことがわかって。

それだったらこれ先にやってもいいんじゃないかな、と思って。

それで中学2年生の時に、親に「ちょっと高校行かないで、世界一周をする」っていうふうに言ったんですよ。

言ったんですけど、想像していただけわかると思うんですけど、中学2年生の子供が、自転車で世界一周するからって言っても、親は、「はぁ?」みたいな感じで(笑)。

「ああ頑張って」みたいな(笑)。

「で、宿題やったの?」みたいな感じで、相手にあまりされなかった。でも、僕は着々と準備をして、それで中3の三者面談になって、いろいろ調べて定時制高校はどうも行っておいた方がいいぞ、と。学割とか取れるし、給食が出るんですよ、定時制高校。

じゃあ定時制高校は行くってことにして、三者面談のときに親は何かそれもちょっと人生経験としてはいいかなと思ったらしくて、そういう親なんで。

そこは担任も理解があったので、「じゃあそうしましょうか」みたいな感じで、そこから1年働いてお金を貯めて、航空券も買っちゃって、ロサンゼルスまでの片道航空券です。

だから親としてはですね、その反対の機会をちょっと失ってしまったところがあって。

今思うとかわいそうなことしたなと思うんですけど(笑)。

それで、行ったんですね。16歳の時ですね。

○田中 でもそういうオリザ少年が、その親のある種うまく目をかいくぐって、でも最終的には親孝行な子になるわけですもんね。劇作家と教授っていう。

●平田 そうですね。

で、その世界自転車の旅から帰ってきて、ずっと1年半行ってたんですけど、すごいいろいろな体験をするじゃないですか…ものすごい…。

○田中 いろいろちょっと聞きたい。時間が限られるんですけど…その、怖さとか不安っていうのは?

●平田 不安はね、あんまりなかったです。

○田中 なかったですか。

●平田 怖いことも、そんな1、2回ぐらい。

○田中 そうですか。

●平田 そんなにすごい危ないっていうのはなかったので。

○田中 というのは、その旅の道中の危険もそうなんですけども、例えば、中学校2年生の少年が、周りの子供たち、一緒にいる子供たちとは全く違うことを決断して、どんどんやりたいことを進めて行くって、要はドロップアウトに近いんじゃないかな?っていう感覚は微塵もなかったですか?

●平田 それはないのと、あと友達に恵まれてたのと。

だから、確かにとんがってはいるんですけど、全然普通に友達とは友達してたので(笑)。そこは何かちょっとなんですかね…社交性みたいなものが多分あったんだと思うんですけど、そこは問題なかった。

○田中 問題なかったですか。

●平田 はい。

○田中 定時制高校に行かれて、何の仕事をしてお金貯めたんですか?

●平田 最初はね、立ち食いのラーメン屋さん。当時は大変だったんですよ(笑)。コンビニとかがないから、まだね。ファーストフードさえほとんどない時代なので、中卒でバイト先っていうのはすごく限られていて。まずは、渋谷の駅前の立ち食いラーメン屋さんで。

これね、ちょっときつかったのと、でも面白かったのは、仕事はね、きついのはしょうがないんだけど、昼休みに話す話がなくて、みんな周りがおじさんたちで。

要するに今みたくフリーターっていうのはあんまりまだいなかったんですよ。みんなおじさんたち。

そのおじさんたちとか、あとはヤンキーのお兄ちゃんとかなんで。もうね、休憩時間にギャンブルの話と風俗の話しかしないんですよ(笑)。

僕、15だから、まだ(笑)。18ぐらいならまだどうにかね。

でね、でもすごいなんか話し合わせなきゃいけないと思って、唯一やっぱり野球ですね。プロ野球の話はどうにかできるので、だからもう毎日スポーツ新聞、隅から隅まで読んでいきましたね。対話力が(笑)。

○田中 対話力。

●平田 対話力が磨かれ(笑)。

○田中 ・・・・

2
“ 綺麗事では超えられない。コミュニケーションの壁 ”

○田中 今回は「はたらく」ことを話題にしてる会場なので、思うんですけど。今、いろんな会社、組織でも、価値観も違えばもちろんジェンダーも違う。例えば、「もう毎朝あいつの顔見るだけで腹が立つ、苦しい」みたいなことで、やっぱりいろいろ心身ともに大変な思いをしてる人もいるっていうのは、よく聞かれるところなんですけど。

そういう意味で言えば、それぞれが全く立場も違う、環境も考え方も違う、だけど1つのところで集まって何かを推進していかなきゃいけないっていう状況は、会社や組織でも頻繁にありますもんね。それは同じように。

●平田 そうですね。

○田中 そのあたりも「対話」っていうことで乗り越えていけるとお考えですか。

●平田 乗り越えてはいけないんですけど、対話の効能って漢方薬みたいなものなので。

何かが起きたから対処すればすぐ乗り越えるとかは無理なんですけど、ハラスメントが起きにくいとか、いじめが起きにくい環境を作ることは多少はできるかもしれないですね。

やっぱり日本は、本当に島国だから、グローバルコミュニケーションとか異文化理解って…まだどこかで「なんかいいこと」って感じじゃないですか。

○田中 もっと言うと、綺麗ごとに聞こえるところもあります。

●平田 ヨーロッパでは、防衛線であり、後退線なんでやらないと社会が壊れちゃうから、もうどうしようもなくてやってるっていうところがあるので。

だから強い繋がりではなく、かろうじて繋がっているみたいなことが大事で、そのために、わかりやすい例で言うとロールプレイとかやってると思うんですけど。役割をシャッフルしたりするってことが大事で。

例えばですね、僕がお手伝いしてる医療コミュニケーションの分野がありまして。大阪大学に長くいたので、そこで医療コミュニケーションをずっとお手伝いしてたんですけど。

糖尿病学会っていう1万5000人ぐらい所属しているすごく大きい学会があって。ここにね、『糖尿病劇場』っていうのやってる人たちがいて(笑)。

これはですね、まず糖尿病ってすごいステークホルダーが多いんですね。お医者さんとか看護師さん、栄養士さん、ケースワーカー、それからご家族、患者さん。これらの役割をシャッフルするわけです。

医者が栄養士の役割を演じたりとか、看護師がご家族の役割とかシャッフルです。それからね、お芝居も作るんですけど、最初のうちはやっぱり患者さんがお菓子バクバク食べて困るみたいな、単純なお芝居を作るんですけど。

啓蒙もやっているので、僕のところに通ってきてお芝居の作り方を学ぶうちに、【おじいちゃんが糖尿病で、娘さんシングルマザーで、お孫さんと3人暮らしでシングルマザーだから、ずっといつも働きに出て、お母さん家にいなくて。そのお孫さんが大好きなおじいちゃんのために誕生日に初めてケーキを焼いてくれました。さあこのケーキどうしましょう?】みたいな。

そうするとやっぱりみんな共感するわけで、学会とかでそれを発表すると、「これだよね、困るのは」っていう(笑)。

だからその、何ていうか、人間が何に困るかとか、その悩みの解像度を上げるって、僕はよくいうんですけどね。

よく課題解決型とかって最近言うじゃないですか。課題解決する必要ないんで、その課題の解像度を上げて、この課題はどういう構造を持っていますよ、ってことをはっきりさせる。

組織の中で課題の解像度をはっきりさせるのには演劇っていうのは比較的力を発揮するかなと思っているんですね。

○田中 ・・・・・

平田オリザさんにとっての “よい仕事” とはーーー

全体の信頼関係(=トラスト)が保たれている職場というか仕事の環境に
いつもしたいと思っているんですね。全体の目標がはっきりしてるっていうことですね。
そして、作品についてのロイヤリティは全員が共有する。
それは今回のこの作品について、ここに関わってる人間はみんな、
この作品をいい作品にしたいと思ってやってるんだよ、
ってことをお互いが共有するってことなんです。

聞き手 | 田中孝幸 | Takayuki Tanaka

フラワーアーティスト / クリエイティブディレクター

大学卒業後、出版社勤務を経て独学で花の世界へ。花卸市場勤務時にベルギーのアーティスト:ダニエル・オスト氏と出会い、世界遺産などの展示で協働後、独立。花・植物などの自然要素を表現ツールの中心に据え、文脈を重視したコンセプチャルな作品は多方面で好評を得る。作品制作、空間デザイン、クリエイティブディレクションなどを中心に、国内外企業とのコラボレーション、地方自治体プロジェクト、雑誌連載など多岐に活躍。代表作には、東京の様々な街を舞台に花を生け、独自の花世界を紡ぎ出した婦人画報での連載『東京百花』など。

https://www.takayukitanaka.com/

Work Magic NARAを完全アーカイブ化。 全編を掲載したZINE、完成。

1年の間、奈良の地に多様なゲストを招き、「”よい仕事”とは何か」「”よい仕事”をするために必要なものは何か」という問いを重ねた、Work Magic NARA。全6回のトークの全貌を記録した、6冊のZINEが完成しました。編集、デザインから、製本、発送までそのすべての工程をBONCHI内で行なっています。和本といにしえの神秘からインスピレーションを受け、奈良を感じるデザインに仕上げました。
1年を通してWork Magic Naraの聞き手としてゲストと向き合われた フラワーアーティスト・田中孝幸氏。巻末には、ZINE上梓に際し田中氏が書き下ろした文章と、各ゲストをイメージして生けた花の作品の撮り下ろし写真が一冊ずつ綴じ込まれています。

オンラインにてご購入いただだける他、BONCHI 1F BOOKSTOREでもお取り扱いしています。ぜひお手にとってご覧ください。