変化するだろうな って 信じながら 続ける
精神科医など 星野概念

精神科医など

星野 概念

星野概念 | Gainen HOSHINO
精神科医として病院に勤務するかたわら、執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。著書に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』(2018)、『自由というサプリ』(2019)(ともにリトル・モア)、単著『ないようである、かもしれない〜発酵ラブな精神科医の妄言』(2021)(ミシマ社)がある。


星野さんの著書 :

本記事は、2022年07月29日(金)にBONCHI 4F TEN にて行われたトークイベント、”Work Magic NARA vol.5″をテキスト化し、一部抜粋したものです。約90分のトークの全貌は、ZINE【Work Magic NARA books vol.5にてご覧いただけます。 

1
“ ぷくぷく発酵と、精神科医の意外な共通点 ”

○田中 そんな今日は、奈良。星野さんこれまで奈良にご縁は?

●星野 奈良はですね、僕、いとこが大和郡山で。

○田中 そうですか。

●星野 お寺やっていて。お寺やってて?って言うのかな(笑)?

○田中 お寺を開業されている(笑)?

●星野 そうそうそう。お寺開業していて。そうなんですよ。それで子供の頃から来ていました。

○田中 なるほどね。じゃあ馴染みは「あるようで、ないようで、ある」(笑)?

●星野 (笑)。そう「ないようである」。という本がね、売っているんですけど…(笑)。

○田中 後で皆さん買ってください(笑)。

●星野 そうなんですよ。

○田中 雲っていいですよね。僕も職業柄いろいろ移動することも多いし、いろんな自然の素材を探しに行ったりもするので、あと“場”を作る仕事でもあるから、空気とか天気とか雲とか風とか、やっぱり気になりますよね。

●星野 そうなんですよ。

○田中 なんか見ながら、ほっと一息しているときもあるし(笑)。

●星野 ここ本当こっちの窓から見る景色と、こっちの窓から見る景色が全然違うなと思って。こっちはお寺で。

○田中 そうそう。興福寺の三重の塔がね、ちょっと見えているんですよね。

●星野 一方こっちは遠くに山が見えて。

○田中 そう。あっちはだから、あれの方向で言うと天理とか、それこそ大神神社の方ですね。

●星野 大神神社に、よく僕は登拝に行ったりとか。あと天理にすごくいい好きな酒屋さんがあってですね。酒販店さん。

○田中 造り酒屋じゃなくて、お酒を集めて売っているお店?

●星野 はい。そういう感じで大人になってからも奈良には、よく来て…。

○田中 楽しんでいる?

●星野 そうなんです。

○田中 そうですよね。星野さん、実は発酵研究家といいますか…。

●星野 いやいや、そんなことない(笑)。研究家とか言うと…本当に(笑)。

○田中 発酵好き(笑)?

●星野 そう、発酵好きなだけです。発酵の現象が好きで、あれなんですよ。元々は熱燗が好きで。

○田中 酒と食がね。

●星野 この酒ってどうやってできているんだろう?と思って、いろいろ調べたりとかですね、見に行ったりとかしていると、結局そのお酒って、味噌とか醤油もそうなんですけど、お酒って人が作るんじゃなくて、結局人は、菌たちが活発に活動できるように場所を整えたり、掃除をしたり、見守ったりとかするしかなくて。それをしていると、何にも反応がなかった液体から、ポコポコポコポコつって泡が湧いてきて。お酒ができてきた、ってなるんですよ。そういう変化を、「変化するだろうな」っていうのを信じながら、ずっと居続けるっていうのが、僕のその精神科医っていう職業の僕が大事にしたいなと思っていることと重なってですね。

それでもう夢中になって、もう飲みまくっているんですよ(笑)。

○田中 ちょっと待ってください。それなんかすごい綺麗にうまく言っているように聞こえちゃったんですけど(笑)。

●星野 言い訳みたいな感じ(笑)。いやでも本当にね、重なるんですよ。精神科医で大事にしたいことと発酵は。

○田中 なんか、見守っていると「ぷくぷく」言ってくるっていうのはね。

●星野 時は省略できないじゃないですか。

○田中 はい。

●星野 早送りもできないし。本当は機械使うと早送りみたいなことできちゃうんですけど。だけどやっぱり、じっくりと菌たちの動きを想像しながら関わり続けるっていうのは、僕のクライアントさんというか、僕のところにいらっしゃる人は、なかなか変わらないんだけど。でも辛さから、「よし、外に出てみよう」みたいな感じで外に出たりするのは、結局その人しかできないんですよね。その人の中で、主体的な思いとかが、「よしっ」って言って出てこないと、僕らがいくら面接しても、カウンセリングしても、薬を使うなら使っても、その人を動かせるのはその人しかいないっていう。

だから、菌も、菌しか動けないですよ。動かせないですよ。

○田中 菌、自身しか。

●星野 菌自身しか。だから、「菌動いてくれ !」って応援したりとか、そんな人が居続けるっていうのが…。

クライアントさんが「うまく思いがいろいろ湧いてくるといいな」と思いながら、居続けるっていうのが精神科医と重なるんですよ。伝わっていますかね(笑)?

○田中 ・・・・・

2
“ ミュージシャン時代の苦悩!?人生のスポットライトの照らし方 ”

●星野 なんか、僕バンドをやっていたときは、ハイライトがないと意味がないと思っていたんですよ。

○田中 はいはい。

●星野 武道館でライブができないととか、フェスに出られないと意味がないと思っていたんですね。でも日々ライブ活動はしていて、曲も作って、レコーディングもしているし、それ以外にも本読んだりとか、酒飲んだりとか、暮らしているのに。

なんだけど、そこら辺の暮らしはいいから、とりあえず成功しないと意味がないっていうふうに、目標設定をしちゃっていたんですよ。

○田中 はいはい。ご自身がね。

●星野 はい。だけどそれだと、せっかく日々、時を刻みながら生活しているのに、常に自分は考えて、いろんなことをちっちゃいことを考えながら生きていて。そこも頑張っているのに、ないことにして、そこを意味ないよって自分で言っちゃっていたんですよ。

そうするとなんか苦しいんですよ。でも僕半年で売れるはずだったのに、10年も売れなくて。それでバンドもやめて。

○田中 10年も。

●星野 はい。めっちゃ頑張っていたんですけど。でも辞めて。どうしようと思って、とりあえず「もういいや」と思って、何か吹っ切れて、日々楽しんで暮らしていればいいんじゃないかと思ったら、本当にすごい楽しくなったんですよ。それは僕がバンドやっていた頃の自分だったら、それは敗者ってことじゃんって言ったと思うんですけど。そうじゃなくて、日々が充実して楽しめていた方が、何ていうか、全然人生の充実度が上がるなと思って。まずはそれで良くない?みたいな。

その先にやりたいことが出てきて、じゃあこれをやってみようとか、興味持ってやっているうちに仕事になってみたいなことが、あるかもしれないけど。「目標設定」しすぎると苦しくなっちゃう、っていうふうに僕は思っていて。日々、一生懸命積み重ねてって、どこにたどり着くかみたいな感じの方がおもしろいなみたいな気がして。そういうことが言いたいんだと思いますね。(歌詞を指して)「少しずつだけど、少しずつ成長して、気づけば結構粋なやつ」みたいな。

○田中 なんか、この平熱大陸は、星野さんそのものなんですね。だって、星野さん自身が苦しんでいるわけじゃないですか。

●星野 苦しんでいましたね。

○田中 ね。

●星野 はい。

○田中 それを歌にして曲をつけているじゃないですか。

●星野 そうですね。

○田中 例えば今、多くの時間を精神科医としてお仕事されていると思うんですけど。苦しんでいる方を見ているわけですよね?

●星野 うん。そうそうそうそう。

○田中 基本的には。

●星野 そうなんですよ。

○田中 でも星野さんも精神科医じゃなくて、ミュージシャンだった頃、苦しんでいたわけですね、この歌詞のように…。

●星野 そうですそうです。そうなんですよ!

その経験があってすごい良かったと思っていて。

やっぱり、今の状況が全然うまくいってない気がするっていうふうに思っちゃう人が多いっていうか、そう思っちゃうタイミングって多々あるじゃないですか。

○田中 ありますね。結構日々あると思います。

●星野 それはよくわかるんですよ。よくわかる。だけど何かスポットライトの当て方を変えたらじゃないですけどね、そしたら悪くないこともあったりしません?みたいな話をしたりとか。

それは人それぞれなんですけど。だから僕が音楽やっていて、この平熱大陸、「平熱が大事だよ」みたいなところに行き着いたのを、そのまま話したりしたりもするし。

○田中 ・・・・・

星野概念さんにとっての “よい仕事” とはーーー

「生きていく、仕事をする」ことって基本的にきついと思うんです。
…基本はきついんだけど、“これに取り組んでいる自分、ちょっと悪くないかも?”って思えること。
そんな楽しいことばっかりじゃないというのが本当のところだと思うんだけど、
だけどなんかこう“続けちゃう”、みたいなこと。
それが“よい仕事”かな?

聞き手 | 田中孝幸 | Takayuki Tanaka

フラワーアーティスト / クリエイティブディレクター

大学卒業後、出版社勤務を経て独学で花の世界へ。花卸市場勤務時にベルギーのアーティスト:ダニエル・オスト氏と出会い、世界遺産などの展示で協働後、独立。花・植物などの自然要素を表現ツールの中心に据え、文脈を重視したコンセプチャルな作品は多方面で好評を得る。作品制作、空間デザイン、クリエイティブディレクションなどを中心に、国内外企業とのコラボレーション、地方自治体プロジェクト、雑誌連載など多岐に活躍。代表作には、東京の様々な街を舞台に花を生け、独自の花世界を紡ぎ出した婦人画報での連載『東京百花』など。

https://www.takayukitanaka.com/

Work Magic NARAを完全アーカイブ化。 全編を掲載したZINE、完成。

1年の間、奈良の地に多様なゲストを招き、「”よい仕事”とは何か」「”よい仕事”をするために必要なものは何か」という問いを重ねた、Work Magic NARA。全6回のトークの全貌を記録した、6冊のZINEが完成しました。編集、デザインから、製本、発送までそのすべての工程をBONCHI内で行なっています。和本といにしえの神秘からインスピレーションを受け、奈良を感じるデザインに仕上げました。
1年を通してWork Magic Naraの聞き手としてゲストと向き合われた フラワーアーティスト・田中孝幸氏。巻末には、ZINE上梓に際し田中氏が書き下ろした文章と、各ゲストをイメージして生けた花の作品の撮り下ろし写真が一冊ずつ綴じ込まれています。

オンラインにてご購入いただだける他、BONCHI 1F BOOKSTOREでもお取り扱いしています。ぜひお手にとってご覧ください。