本物を見るっていうのを大事にしています 染色家 吉岡更紗

染司よしおか六代目 | 染織家

吉岡 更紗

吉岡 更紗 | Sarasa YOSHIOKA
大学卒業後、アパレルデザイン会社勤務を経て、愛媛県西予市野村町シルク博物館にて染織にまつわる技術を学ぶ。2008年より生家である「染司よしおか」にて、植物を中心とした天然染料で製作を行っている。

「染司よしおか」は京都で江戸時代より200年以上続く染屋で、絹、麻、木綿、和紙など天然の素材を、紫根、紅花、茜、刈安、団栗など、すべて自然界に存在するもので染めを行なっている。奈良東大寺二月堂修二会、薬師寺花会式、石清水八幡宮石清水祭など、古社寺の行事に関わり、国宝の復元なども手掛ける他、薬師寺で行われる伎楽装束の制作にも携わる。

羽田空港国際線ターミナル、ポルトムインターナショナル北海道、ホテル青龍京都清水などに作品を納める。

本記事は、2022年03月11日(金)にBONCHI 4F TEN にて行われたトークイベント、”Work Magic NARA vol.3 “をテキスト化し、一部抜粋したものです。約90分のトークの全貌は、ZINE【Work Magic NARA books vol.3 にてご覧いただけます。 

1
“ 真紅なる色を求めて、傷だらけの手で花を摘む ”

●吉岡 東大寺さんが造花のお花を作られる日が毎年決まっていて、2月23日なんですね。なので、大体2月20日くらいまでには東大寺さんに染めた紙をお持ちするようにしています。ただ、その…納めるのは2月なんですけど、その準備はもう夏から始まっているという感じです。今、この写真に写っているのは、伊賀上野っていう三重県です。三重県でお知り合いの方にお願いして、「紅花」を育てていただいています。紅花というのはご覧いただくように黄色いお花なんですけど、7月の上旬ぐらいに咲く。

○田中 夏の花ですもんね。

●吉岡 そうですよね。すごいトゲのある。ジブリ映画の『おもひでぽろぽろ』って見たことありますか?

○田中 僕、大好きだったんですあの映画。山形が舞台のね。

●吉岡 あれは山形なんですけど。もともと紅花っていうのは、実はエジプト原産なんですね。エジプトとかエチオピア原産で、それがシルクロードを通って日本にやってくるんですけど。最初はおそらく、ちょっと暖かいところの方がよくて。あと霧が立つのがいいって言われているので、大きな川、エジプトだとナイル川ですよね、川があって、山があると、大体霧が立つんですけど、そういうとこに向いている植物。調べていただいたら、やっぱり伊賀上野でも育てていたっていう記録があって。男の子が1人生まれると何斤を納めないといけないみたいなのが、昔は年貢と言ったらいいのか。租庸調の1つだったそうです。

○田中 僕三重県生まれだけど知らなかったですね。

●吉岡 三重県で育てている方はほぼいらっしゃらなかったですからね。その後、寒冷な地でも育つように江戸時代に開発されて、それで山形でも育つようになったんですね。

○田中 あそこも寒いところですもんね、どちらかっていうと。山形も。

●吉岡 そうですね。最上平野の大きな川のあるところなので、今は一大産地になっています。紅花を伊賀で育てるのは、農家さんがやってくださるんですけど、摘み取りにだけは私達も毎年行っていて。

○田中 そうですか。

●吉岡 これを摘んでいます。

○田中 すごい手がザクザクになりませんか?

●吉岡 痛いです(笑)。めちゃくちゃ痛いです。

○田中 紅花のトゲって本当痛いんですよ。しかも細くて見えないですよね。

●吉岡 見えないです。なのでもうこの辺(手や腕)がブツブツになりますね。なので、染家なんですけどちょっと農作業も入るっていう感じですね。この紅花と。もう1つ、藁を使うんです。稲藁ですね。お米の藁を使う。これが大体手元に届くのが11月ぐらい。お米の収穫が終わって天日干ししてたっていう藁が届きます。それも、滋賀県の方と工房の近くの畑の方に分けていただいています。今、藁って大体採れないんですよね。

○田中 採れないですね。

●吉岡 バーって耕しちゃうっていうか、土にもう還しちゃうので、採れないんですけど、藁をそうやって手刈りした天日干しかこの状態で残らないので、それを分けていただいて燃やすっていう感じです。なので、工房内にかまどを作っているんですけど、そこで毎日燃やして灰を作っておく作業っていうのを、11月から12月ぐらいまではずっと続けてやっています。

○田中 藁なんか燃やすと、本当に燃やす前は大きい藁の束でも、燃やすと本当にちょっとになって。

●吉岡 そうですね。

○田中 結構な量を(燃やされる)?

●吉岡 結構な量を、そうですね。(写真の中央の四角を差しながら)この四角ありますよね。

○田中 中心にあるオブジェくらいの面積ですね。

●吉岡 この(底辺の)面積の、高さが天井くらいまで×2くらいを燃やしてますね。

○田中 そんなに燃やしているんですか!オンラインの方になんて言えばいいだろう…。どれくらいですかね、これね。

●吉岡 ワンルームのお部屋、六畳一間×2くらいは燃やしてる。重さにするとそんなに無いんですけどね、藁なので。灰にするとかなりちっちゃくなって軽くなるので。ですけど、結構な量を燃やします。燃やしておくっていうのを年内に全部終わらせるっていう感じになります。

○田中 はあー。

●吉岡 で、その藁は何に使うかというと、紅花にも実は2つ色素があるんですよ。咲いているときは黄色なので、本当は黄色の色素と赤の色素があるんですけど。黄色の色素は水に流れやすいので、染まるんですけどすぐ流れちゃうんですね、中性のお水だと。

それを全部洗い流してしまうんです。ぐるぐる水を洗って、何度も水を変えながら。

藁をなぜ使うかって言うと、その藁の中にアルカリ性があるので、その藁にこういうふうにお湯を入れて、その上澄み液を使うんですね。これが簡単に言うとアルカリ水なんです、アルカリ水。それで紅花を揉んであげると赤い色素が出てくるっていう感じになります。黄色はもったいないんですけど、捨てちゃうんですよ。

染まってもどうせ洗ったらとれるので。定着しないものは使わない。「もったいないですね」って言われるんですけど、でもね、すぐ落ちちゃうし、みたいな感じですよね。

○田中 そうか。だからその黄色に見える黄色の花の奥に潜んでる赤を欲しいわけですね。

●吉岡 そうです。パーセントで言うと、本当に5%くらいだと思いますね、赤は。少ないのを揉み出すわけです。大体1日2キロぐらいですね、1人で揉めるのは。なので大体、いつもお正月が明けると、私ともう1人で2キロずつ揉んで作業を進めていくんですけど。こういう感じで揉んでいきます。

○田中 これお湯ですか?水ですか?

●吉岡 灰汁(あく)っていって、さっきの藁が入っているやつを一晩置くので、冷たくなっています。

○田中 ほぼ水ですよね。

●吉岡 ほぼ水です。

○田中 それを真冬に。

●吉岡 やります。ただ井戸水は温かいので、割と。

あともう1つ言うと紅花自体は、漢方的には血行を良くする、冷え性の方とかにもいい漢方なので、揉んでると、結構手が温かくなってくるんですよ。

○田中 それ面白いですね。

●吉岡 ・・・・

2
“ 仕事に向き合う年月が「手」に宿る ”

○田中 更紗さんのお仕事もすごく華やかな色とかっていうのは、華やかに見えやすいし、そこがフォーカス当たりやすいし、僕なんかも「生の花を生けてます」って言ったら、霞食ってるみたいなイメージで見られるときがたまにあるんですけど、実際は決してそんなことはないですよね。

●吉岡 ないですよね。

○田中 いかに自分がやったことでちゃんとご飯を食べられるかどうかを考えていますよね、どこかで。

●吉岡 多分その植物の本質をどこまで出せるかっていうのは、形は違えど共通するところなのかなって思うんですけど。(田中さんは)植物の一番美しい姿を見せられるのが多分ご使命で。私はその植物の一番いい色をどこまで出せるかっていうところなのかなって思いますし。

○田中 僕はどこかで吉岡さんのお仕事を羨望の目で見ているんですよね。というのは、僕はやっぱり目先の色をどうこうする。もちろん見て感じてはいるんですけど。でも一方で、吉岡さんのお仕事っていうのは、同じ植物でも例えばこの焦げた梅。焦げたって言っていいのか、わかんないけど…。

●吉岡 いいですよ。スモークプラムです。燻製で(笑)。

○田中 烏梅に限らず、例えば紫根なんか根っこじゃないですか。花は綺麗だけど、花も葉の部分は使わずに、根っこを使う。土の中に埋もれてるものを使う。おっしゃったように花の頭、綺麗な部分はほとんど使うことはなくて。茎だったり木の皮だったりっていう。それから今日ね、皆さん、あっちにいろんな吉岡さんのところが作られているものを置いていただいていますから、ぜひ直接見ていただきたんですけど、そして気に入ったものを買っていただきたいんですけど。見ると本当にすごいですよ。やっぱりこの色が。そしてその色は植物の目に見える部分にはその色があるわけじゃないのに、吉岡さんが植物の部分から色を導き出すっていうのは、花を生けるよりロマンチックな気もするし、そういう意味で羨望なんですね。

●吉岡 いやいや、そんなことないです。ただよく体を使うっていうことですね、仕事でいうと。

○田中 いやぁ、僕には羨望なんですねぇ、同じ植物を相手にするがゆえに。あと体を使うというと…これ女性に言っていいのかわかんないですけど(笑)。吉岡さんの手が、すごい仕事人の手。

●吉岡 仕事する前からゴツかったんですけど(笑)。

○田中 仕事する前からゴツかったんですか(笑)。

●吉岡 決して綺麗な手ではなかったんですけど(笑)、よりゴツくなりましたね、やっぱり。

○田中 いやいや、謙遜だと思いますけど。やっぱりきっとお仕事をされたからこその手なんだなっていうのは、いつもお会いする時に思うんですね。

●吉岡 血管も浮き浮きですからね(笑)。

○田中 お父様の映像も見たことがあるんですけれども、腕の血管が浮き出ていて。だからさっきの紅花のお話を聞いて、作業で揉んでいらっしゃるからそうなのかなと思って

●吉岡 紅花のおかげで血行もよくなっているからかもしれないですけど(笑)。

○田中 ・・・・

3
“ 本物を目で見ることが、理想の色を導く。”

○田中 あともう1つの(質問で)、日常生活で色へのヒントってありますか?

●吉岡 そうですね。やっぱり作業してるときに、「うまくいった!」ってときがあるんです。なんかそれって染料からいい色がちゃんと出せて、定着させるときにミョウバンとか鉄分とかっていうので定着させたり反応させて黒くさせたりするんですけど。その塩梅が悪いと色ってちょっと濁ったりするんです。染める布なり糸がどういう性質のものかっていうのも、ある程度頭の中で理解しながら染色するんですけど。なんか「ばっちりはまる」ときがあるんですよ。それはやっぱり日常にいい色を見ておかないと、何がばっちりはまったかっていうのがわからない。自己満足みたいなところもあるんですけど、何かあるんですよね。あと難しそうなこの色に染めてくださいみたいなものが、めっちゃぴったんこに行くときとかめちゃくちゃ感動するので、そういう意味では、その前に「その色が何者か」っていうのもわかっておく必要もあるかなっていうのがあるので。そのヒントはやっぱり自然の色だったりとか、今はどうしても、夜歩いていても電気があるし、私みたいにメガネがこういう事情もあるし(笑)、視覚っていろんな意味で限定されちゃうっていうか、自分の思っている以上にやっぱり制限がかけられてると思うから。「いかにニュートラルな状態で見られるかどうか」っていうのを、自分にも課しているというか。っていうのはすごくありますね。

○田中 あと直に見るって本当大事ですよね。

●吉岡 そうですね。

○田中 モニター越しにとかそういうもの大事だけど。

●吉岡 そうですね。そうですね。それは父にもすごくよく言われましたね。「疑似体験が一番あかん。やったつもりみたいになる」っていうので、本物を見に行く。足しげく見に行くとかっていうのはやっぱり。今、修二会は行けなくて、私は毎日ニコニコ動画でずっと見ているんですけど。あれはあれで仕方がないのであれなんですけど(笑)。

それによってまた次、直に見に行ったときの感動ってまた違うんやろうな、っていうのもあるので。このコロナ禍は結構いろいろ制限されるまま、もう2年経っちゃいましたけど。まただから逆に落ち着いたときに、また見えてくるものってあるのかなっていうのがあって、それはちょっと楽しみにしています。

○田中 そうですよね。ほんとそうですよね。

●吉岡 ・・・・

吉岡更紗さんにとっての “よい仕事” とはーーー

本当に心身ともに健康でいられることが“よい仕事”かなって思います。
現代はちょっといろいろ暗い世相だし、心が病むこともあると思うんですけど。
“よい仕事”なり自分の居場所を見つけられたら、多分健康になれるんじゃないかなって思うので。

聞き手 | 田中孝幸 | Takayuki Tanaka

フラワーアーティスト / クリエイティブディレクター

大学卒業後、出版社勤務を経て独学で花の世界へ。花卸市場勤務時にベルギーのアーティスト:ダニエル・オスト氏と出会い、世界遺産などの展示で協働後、独立。花・植物などの自然要素を表現ツールの中心に据え、文脈を重視したコンセプチャルな作品は多方面で好評を得る。作品制作、空間デザイン、クリエイティブディレクションなどを中心に、国内外企業とのコラボレーション、地方自治体プロジェクト、雑誌連載など多岐に活躍。代表作には、東京の様々な街を舞台に花を生け、独自の花世界を紡ぎ出した婦人画報での連載『東京百花』など。

https://www.takayukitanaka.com/

Work Magic NARAを完全アーカイブ化。 全編を掲載したZINE、完成。

1年の間、奈良の地に多様なゲストを招き、「”よい仕事”とは何か」「”よい仕事”をするために必要なものは何か」という問いを重ねた、Work Magic NARA。全6回のトークの全貌を記録した、6冊のZINEが完成しました。編集、デザインから、製本、発送までそのすべての工程をBONCHI内で行なっています。和本といにしえの神秘からインスピレーションを受け、奈良を感じるデザインに仕上げました。
1年を通してWork Magic Naraの聞き手としてゲストと向き合われた フラワーアーティスト・田中孝幸氏。巻末には、ZINE上梓に際し田中氏が書き下ろした文章と、各ゲストをイメージして生けた花の撮り下ろし写真が一冊ずつ綴じ込まれています。

オンラインにてご購入いただだける他、BONCHI 1F BOOKSTOREでもお取り扱いしています。ぜひお手にとってご覧ください。